だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『結婚披露宴 - 新チェーホフ・ユモレスカ2』チェーホフ著

提供: 本が好き!

本書は、チェーホフが若い頃書きなぐっていた初期ユーモア短篇を集めた『新チェーホフ・ユモレスカ』全2冊の下巻になります。創作の背景については『郊外の一日 - 新チェーホフ・ユモレスカ1』で簡単に紹介してありますから、参考としてください。本書には28作収録されていますが、特に印象的なものを紹介します。

●『コントラバス物語』

結納祝いに某公爵の家に呼ばれたコントラバス奏者、夏の日に川辺を歩いていると暑くなり、裸になって川で水浴びをします。十分涼んだので、川から上がろうとして、美しい女性が近くで釣り糸を垂れているのに気づいてびっくりしますが、彼女は居眠りをしていていたので、安心します。そして彼女があまりに美しいので、川の中から、しばらく見つめていました。

抱腹絶倒の完全なドタバタ・コメディーです。

●『七万五千』

美男でもてることをいいことに、結婚してもあちこちで女をひっかけ、おまけに博打好きという自堕落な生活を送っている男が、女房がブレスレットを質に入れた金をカードですってしまい、どう言い訳しようかと思案しながら帰ってみると、相手はニコニコ顔で出迎えます。聞けば、彼女が夫に内緒で買っていた宝くじが、七万五千ルーブルの大当りをとったのです。これで金の心配はなくなると大喜びする女房でしたが...。

徹底的なダメ男は、どこまでいっても、徹底的なダメ男という話です。

●『大問題』

名家の25歳の若者が、他人の手形を偽造するという犯罪を犯します。親戚一同は家族会議を開き、彼が着服した金を皆で都合して表ざたにならないようにするか、このまま警察に突き出すか、大議論となります。ところが、本人はどこ吹く風、いったいどこが悪いのか、たまたま金を融通してくれるはずだった友人が金を貸してくれなかっただけで、手形の偽造なんて、自分の友達はみんなやっているぐらいにしか思っていませんでした。

こちらもダメな奴は、どこまで行ってもダメな奴という話です。

●『初舞台』

新米弁護士が初めてのぞんだ、遠方で行われた裁判で、思い出すのも恥ずかしい失敗ばかりしてしまいます。ふてくされて家に帰る途中、悪天候で、馬車は途中の仮宿で一泊することになります。ところが、そこには、今日の裁判の検事と起訴の相手側が、同じく悪天候を逃れて泊まっていたのでした。新米弁護士は、裁判の様子を思い出して、屈辱で体が震えるのでした、

人生の先輩方は、誰もが最初は初心者だということを理解しているものだ、という話です。

●『唯一の手段』

会計係が5年間に9人続けて使い込みをしました。10人目に「快適な生活とは縁もゆかりもない、豚のような暮らしをしている男」を選びますが「翌日にはもう新品のネクタイ」を着け「翌々日には馬車に乗って出社」したもので、金庫を調べてみると、案の定だったのです。そこで会社はある手段を採ったのでした。

実は、「唯一の手段」といっても、しごくまっとうなものなのです。金庫を預かる者にはこうすれば、誰も会社の金には手を付けないというのは、現在でも通用することなのです。

●『ある娘の日記から』

「窓辺を、すらりとした背丈、吸い込まれるような黒い眼、黒髪の青年が、行ったり来たりしている」のを見つけた、ある娘は「私にも春が来た」と有頂天になります。相手は、そんな行動を、もう五日も続けているのです。でも、お話の終りは「赤んべえをしてやった」なのでした。

●『ペルペトゥム・モービレ(永久運動)』

ロシア人というと吞兵衛というイメージがありますが、女好きでもあるということを、教えてくれる(?)作品です。ですから、この題名なのです。

●『廃止された!』

地主の退役少尉補が、制度改正の結果、少尉補という役職がなくなることを知ります。現役であれば、少尉に吸収されるのですが、引退した身なので、元少尉補と名乗れるのか悩むという話です。

この話を読むと、ロシアでも地位をありがたがる官僚制度が19世からしっかり根付いていた(?)ことを感じます。

●『芸術家の妻たち』

「日々食事をする」というのが立派な才能である、貧乏芸術家の生活と、その妻たちの苦労を語った話です。本作のラストは次のようになっています。

「娘たちや後家さんたちよ。ゆめゆめ芸術家なんかに嫁いではならない!(中略)どこかそこいらのタバコ屋で暮らすなり、市場で鵞鳥でも売ったりしたほうが、はるかにましだろう。たしかに、その方がよっぽどましなのだ!」

これは、執筆当時は貧乏学生生活をしていたチェーホフの本音なのかもしれません。

●『結婚披露宴』

結婚式というとめでたいということになっていますが、結婚なんて5年経たないと結論が出ないと思っている私は、いつも「とりあえず、あめでとう」と言って、嫌な顔をされますが、娘のあまり嬉しくない結婚式に臨む両親の複雑な心境を描写した作品です。

●『春』

題名に反して、憂鬱な作品です。

「(作家の)マカールが春を楽しむことができないのは、人びとが自分を理解してくれず、理解しようともしない、理解することもできないのだ、という思いからだった。彼はなぜか、自分が理解してもらえさえすれば、あらゆることがすばらしいものになるような気がするのだ。だが、どうして彼の才能の有り無しを見ぬくことができるだろう。郡全体を見まわしても、誰ひとり本も読まず、むしろ読まないほうがましなような読書しかしないのだから。ストウーホフ将軍に、あのフランスの三文小説はつまらない、へたくそで、変わりばえもない、と説明したところで、将軍がそういうくだらない作品よりほかに何も読んだことがないからには、どうしてわからせることができるだろう」

これは、執筆当時のチェーホフの本音でしょう。そして、本作は、次の文章で終わります。

「そうして、青春とともに春もまた過ぎ去って行く」

お分かりのように、「ユモレスカ」というものの、上巻もそうですが、苦いユーモアや生きる辛さや人生のはかなさを感じさせるものも少なくありません。「他人の不幸は喜劇」とはよく言われることですが、チェーホフはユモレスカを書いていても、喜劇の裏側にある人間の悲しさをしっかり理解していたのでしょう。それが、後年の傑作群で開花したとも言えるのですが、ユモレスカはユモレスカで、その何作かに感じられる人間描写の深さは、やはり天才の成せる業だったと思います。

(レビュー:hacker

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結婚披露宴 - 新チェーホフ・ユモレスカ2

結婚披露宴 - 新チェーホフ・ユモレスカ2

ユモレスカとは、ユーモア雑誌などに掲載された読み物のこと。依頼者の要求は二つ。滑稽であること、短く書かれていること。チェーホフは色々な媒体からたくさんの注文を受けた。そして、ありとあらゆる職業、社会階層、素性の人を取り上げ、小説手法上も様々な実験を行った。チェーホフ文学の源泉ユモレスカは、今も読者の心をとらえてやまない。

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