だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『悲しみについて』津島 佑子著

提供: 本が好き!

喪失の物語だと思っていた。
8歳の息子を失った著者の実体験に基づいた母の物語なのだと。
けれども読み始めてみるとそれは読者である私の勝手な思い込みのように思えてきた。

なぜなら亡くなったはずの彼女の息子は、彼女の中で、あるいは彼女の母、彼女の娘の中で、圧倒的な存在感を持っているのだ。

彼女の息子は、自宅に、祖母の家に、海に、校庭にとあちこちに現れる。

それが現実のものなのかうつつのものなのかわからずに、彼女は息子を追いかけ、追いすがり、何度も何度も繰り返し見失う。

繰り返し見失うことにとって何度も何度も味わう心の痛みは、それこそが悲しみなのだろうと思うのだが、彼女は言う。
悲しくはないのだと。

ヒタヒタと迫ってくる圧倒的な心の痛みに読者である私の心も激しく揺り動かされる。
同時にとても気がかりなのは彼女の娘のことだった。

弟を失った娘は、同時に母の一部も、そして自分自身の子ども時代をも失ってしまったのではないかと。
母である彼女は失ったものばかりを追いかけて、目の前で息をしているはずの娘を見失ってはいないのかと。

だがそれもまた、読者の勝手な思い込みにすぎないのだ。

あるいはもしかすると、1歳で父を、12歳でとても親密な関係を築いていた障害をもった3つ年上の兄を失った記憶と、彼女と母の微妙な関係を語ることによって、彼女はまた彼女自身の姿と重なる娘の物語をも語っているのかもしれないなどと思い巡らす。

これは小説で=著者自身の物語そのものではないのだとわかっているつもりでもその境目が曖昧で、いつの間にか読者であるはずの私自身も本の中の世界にどっぷりとつかり、ものごとを客観的にみることが出来なくなっていく。

感情の渦に巻き込まれて物語の中に深く沈み込むように一心不乱に読みふけっていた私の気持ちを一気に浮上させたのは、巻末に収録された彼女の娘である劇作家石原燃の「人の声、母の歌」。
思わずその1行1行を指でなぞりながら何度も何度も繰り返し読んでしまう。

津島が父を知りたくて、早い時期からひたすら太宰作品を読み込んだというように、彼女の娘もまた母と向き合うために彼女の作品を丁寧に読み解いてきたのかもしれない。

(レビュー:かもめ通信

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『悲しみについて』

悲しみについて

1985年の春、その人は息子を失った。そして絶望の果てに、夢と記憶のあわいから、この「連作」を紡ぎはじめた。彼女は何を信じ、何に抗いつづけているのか。聞き届けられるべき、不滅の物語。

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