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【「本が好き!」レビュー】『海の史劇』吉村 昭 著

提供: 本が好き!

史実を丹念に積み上げて、圧倒的なスケールで物語を編んでいく吉村の手法は、人間ドラマが交錯する戦記物でこそ、もっともその威力を発揮するし、それが 海戦となるとこれまた吉村氏の得意フィールドで、さらに世界大戦となればその圧倒的なスケールにうならされます。ノンフィクションなのでしょうが、吉村の手にかかるとまるでフィクションのように無理がなくて、飲み込みやすい。
 近代史を学ぶに当たってつまらない教科書を読むより、本書を読むほうがずっと記憶に残るし、読書も歴史も好きになって、中高生にはぜひ呼んでもらいたい1冊です。  

 内容はというと大量殺戮兵器出現前の最後の「気合とプライドで戦う戦争」時代の史実。私たちがよく知っている日露戦争をどちらかといえばロシア寄りの視点から描いた小説。とはいっても中立的に、どちらに肩入れすることなく起こった出来事を淡々と積み重ねて、物語をどんどん盛り上げていきます。
 とくに前半のバルチック艦隊がロシアから日本までの大遠征の話は圧巻。そのあと中盤のクライマックス、日本海海戦の描写、筆致は日本版「女王陛下のユリシーズ号」と言っても過言ではない迫力(ちょっと誉めすぎかなあ)。この海戦描写は読み始めたらcannot help reading.寝る間もトイレに行く間もありません。

 巨砲全盛の時代に、戦艦数でロシア8隻、日本4隻という圧倒的不利な状態を見事に逆転大勝利を収め た東郷艦隊の勝利の秘密が詳らかにされます。それにしても、こんなに苦労してはるばる極東くんだりまで来たのに、あっけなくT字戦法に敗れたバルチック艦隊は敵ながら不憫。後半は戦後の始末記、敗将の悲哀を丹念に追います。

 女性が一切出てこないのも海戦ものの「○○のローレライ」や「○の上の雲」などに比して冗長でなく無駄がなくていい。とかく比べられがちですが、私は「○の上の雲」よりこちらの方が圧倒的に好きです。これを読まずんば戦史ものを語るべからず。

(レビュー:塩味ビッテン

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

本が好き!
『海の史劇』

海の史劇

祖国の興廃をこの一戦に賭けて、世界注視のうちに歴史が決定される。ロジェストヴェンスキー提督が、ロシアの大艦隊をひきいて長征に向う圧倒的な場面に始まり、連合艦隊司令長官東郷平八郎の死で終る、名高い「日本海海戦」の劇的な全貌。ロシア側の秘匿資料を初めて採り入れ、七カ月に及ぶ大回航の苦心と、迎え撃つ日本側の態度、海戦の詳細等々を克明に描いた空前の記録文学。

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