だれかに話したくなる本の話

人気音楽プロデューサーが語る、「生きづらさ」を受け流す知恵――いしわたり淳治インタビュー(後編)

プロデューサー、作詞家、そして作家。

「バンドが解散して、プロデューサーの立場になってから世の中を俯瞰的に見るようになった」と話すいしわたり淳治さんは、その著作の中で、斜めの視点から切り取った世界の「滑稽さ」「面白さ」をあますことなく表現する。

文庫化され、20万部を突破した『うれしい悲鳴をあげてくれ』と新刊となるショートショート集『次の突き当たりをまっすぐ』(ともに筑摩書房刊)が、多くの読者を惹きつけるのも当然だろう。視点がガチガチに固まりやすいこの世の中において、次々に新たな視点から物事の本質を見せてくれるのだから。

いしわたりさんへのインタビュー後編。
思考の中を少し見せてくれた前編に続き、今回は『うれしい悲鳴をあげてくれ』オーディオブック化の話から文章のリズムの話へ、そして『次の突き当たりをまっすぐ』へとつながっていく。

取材、構成、写真:金井元貴(新刊JP編集部)

■「リズムのみで書いているようなところがあります」

――2005年にチャットモンチーをプロデュースされたその当時から、「その人の一番変なところを探す」というようなことを意識されていたんですか?

いしわたり:どうだったかなあ。でも、そのときにやれることは全部やろうと思っていました。他に仕事がなかったし、背水の陣であるということは感じていましたから、とにかくやってみようと。

当時、ガールズバンドって、芸能界によって作られた匂いのするバンドがほとんどで、田舎の学校の軽音楽部で自然に立ち上がった仲良しの女の子たちのバンドが、今リアルに思うことをやれる範囲のテクニックでキラキラ鳴らす音楽というのは、誰も聴いたことがなかったんです。だからまずは彼女たちの人柄を商品にしようと思ったのは覚えています。

――ちょっと話はそれますが、昨年配信になった『うれしい悲鳴をあげてくれ』のオーディオブック版で、チャットモンチーの橋本絵莉子さんが冒頭の「顔色」を朗読されていますよね。感想はいかがですか?

「顔色」AB版はいしわたり淳治さん筑摩書房オフィシャルページで視聴可能

いしわたり:(橋本)絵莉子のことは昔から知っていますけど、彼女らしい朗読ですよね。普段のしゃべりもああいう感じですから。

――このままオーディオブックの話をうかがいたいのですが、自分の本が朗読という形になって、いしわたりさんの中で新たな発見はありましたか?

いしわたり:なんか落語みたいですよね。一時期眠れないときに落語を聴いていたことがあったのですが、そのときに聴いていたものと近い感じがしました。ショートショートで一つの話が5分くらいで終わるので、どこでも切ることができるし。

――ご自身で朗読をすることは?

いしわたり:子どもが生まれてからは、絵本の読み聞かせをしています。日本よりも海外の絵本のほうがリズムの良さを感じますね。もちろん、翻訳する方の違いもあるのでしょうけど、海外の絵本の方が言葉の飛び方が良いんですよね。あまり細かいところを説明しないというか、絵でどれだけ補えるか。

――海外の絵本の方が、物語というよりも詩的な部分が強いのでしょうか。

いしわたり:それはあるかもしれないです。最近ヒットしているディズニー映画なんかを観てもらえると分かると思うのですが、『アナと雪の女王』はあの複雑な家庭関係や能力の説明、状況の解説を冒頭15分で終わらせるんです。日本語で説明したら長くなる情報を、全部切り刻んでテンポよく爽やかに教えてくれる。その説明の描き方は、ディズニーは上手いですよ。

――音楽を作られてきた立場として、やはりリズム感は大切にされているんですね。

いしわたり:リズムのみで書いているようなところがありますからね。語彙力のなさが自分でも嫌になるんですけど(笑)、でも語彙や表現を重視し過ぎるとリズム感が崩れることもあるので、その部分は注意しています。

■「この世のものではないものが好きです。平和的解決ができるから」

――では、最後に新刊『次の突き当たりをまっすぐ』についてうかがいます。こちらは全篇ショートショートの一冊ですが、この書籍タイトルからひねくれているというか。

いしわたり:でも、壁を乗り越えていく感じがしません? タクシーの運転手に一度言ってみたい言葉ではありますね。

――ちょっとした日常の一コマから社会に渦巻く欲望が一気に露わになるような作品が多くて面白かったです。その一方で人工知能のような、少しSFチックな作品も出てきますが、ご自身でお好きなジャンルはあるんですか?

いしわたり:この世のものではないものが好きです。神様であったり、霊であったり。彼らがいることで、僕らの平和的解決が可能になる。

――平和的解決ですか?

いしわたり:そうです。『妖怪ウォッチ』が素晴らしいのは、世の中の嫌なことをすべて妖怪のせいにしてしまうところです。「あいつが自分に嫌なことをしてくるのは、妖怪が取り憑いているせいだ。あいつは良い奴なんだ」で解決してしまうじゃないですか。

どうしようもない理不尽に直面したときに、自分のせいにするのは息苦しいですし、相手のせいにしてもストレスがたまるだけですよね。だから、「この世のものではないもののせいにする」って、ものすごい救いになると思うんですよ。

――「厄年」なんかは、まさに「この世のものではないもののせい」ですよね。

いしわたり:そうですね。これはお気に入りの一つです。全部、神様のせいではあるんですけど、自分の願いが叶っているということに気付けない本人も悪いということで。

――お気に入りの作品は他にありますか?

いしわたり:最初の「時代のせい」と、「花粉症」はショーンKさんを物語の中に出したいという一点だけで書きました。「タクシー」はこちらも「この世のものではないもの」が主役なんですが、ステレオタイプを使いつつさらに物語をひっくり返しています。

――壊れやすい電化製品を作り続けた会社が「ナガモチ・エレクトロニクス」と社名を変えるという「記者会見」は、こういうことが本当にあってもいいのにと思えました。

いしわたり:こういう会見はあってもいいですよね。これは「家電が長持ちしたらキャッシュバックとかすればいいのに」となんとなく言った言葉を覚えていたんです。新機能をひたすら付けるよりも、長持ちすることが売りの家電があってもいいじゃんって。G-SHOCKなんかはそれで売れたわけですしね。

――「おふくろの味」は、「脛をかじる」ということわざと重ねられて、読者として「やられた!」という感じでした。

いしわたり:落語的なシンプルさがありますよね。この「おふくろの味」で書きたかったのは一つだけで、「サンタさんはいないけれど、サタンさんがいるとしたら玩具を配っているのではなく、誰かに何かをあげたくなる心を配っている」ということです。

――タイトル全般について聞きたいのですが、『うれしい悲鳴をあげてくれ』の「ポケットから生まれた男」というエッセイで、「スーパーカー」も『cream soda』(メジャーデビューシングル)も『スリーアウトチェンジ』(メジャー1stアルバム)も言葉の響きだけでつけたと書かれていましたが、タイトルに対するこだわりは?

いしわたり:ないようである感じですかね。でも、タイトル付けは好きじゃないです。苦手というわけでもないんですけどね。目立てばいいだけなら、いくらでも付けられると思うんですけど、じゃあこの本を買って家の本棚に差したときに、他に並んでいる本と比べて軽く見えてしまうのは本望ではありません。それは曲も同じです。そういう意味ではタイトル付けは考えますね。

――『うれしい悲鳴をあげてくれ』と『次の突き当たりをまっすぐ』、どんな人に読んでほしいとお考えですか?

いしわたり:まずはあまり本を読まない人ですね。一つ一つが5分で読めるようになっているので、空いた5分に何かが埋まってほしいという人は、ぜひ読んでほしいと思います。

最初にお話した事の繰り返しになりますが、生きづらさを感じていたり、事が上手くいかないのは、一方だけしか見ていないから。一見、出口がまるでない問題も、反対側に出口があるかもしれない。物事を裏から見たり、斜めから見たりすることで、考え方がガラっと変わることもあります。この2冊がそういうきっかけになればありがたいですね。

(了)

■いしわたり淳治さんプロフィール

1977年生まれ。青森県出身。作詞家・音楽プロデューサー。
1997年にロック・バンドSUPERCARのメンバーとしてデビューし、オリジナルアルバム7枚、シングル15枚を発表。そのすべての作詞を担当する。2005年のバンド解散後は作詞家としてSuperfly「愛をこめて花束を」他、SMAP、関ジャニ∞、布袋寅泰、今井美樹、JUJU、Little Glee Monster、少女時代、SHINee、剛力彩芽、chay、手嶌葵、大原櫻子、中島美嘉など、音楽プロデューサーとしてはチャットモンチー、9mm Parabellum Bullet、flumpool、ねごと、NICO Touches the Walls、GLIM SPANKYなどジャンルを問わず数多くのアーティストを手掛ける。現在までに600曲以上の楽曲制作に携わり、数々の映画、ドラマ、アニメの主題歌も制作している。2017年には映画「SING/シング」の日本語歌詞監修を行い、国内外から高い評価を得る。音楽活動のかたわら映画・ファッション・音楽雑誌等で執筆活動も行っている。著者に『うれしい悲鳴をあげてくれ』(筑摩書房)がある。ソニー・ミュージックエンタテインメント REDプロジェクトルーム所属。

ブログ「KIHON THE BASIC」
http://kihon.stablo.jp/

次の突き当たりをまっすぐ

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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