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戦後日本の異様な対米従属の「正体」とは? 『国体論』白井聡さんに聞く(2)

戦前の「国体」が天皇制を指すならば、戦後の「国体」は対米従属である――そんな衝撃的な主張をする、『国体論 菊と星条旗』が話題となっている。政治学者・白井聡さんは、本書において、戦前と戦後の「国体の歴史」を比較しながら、今の日本の危機的な状況を分析する。白井さんへのインタビュー後編では、アメリカと日本の関係、そして「国家理性」なき日本の行く先について話をうかがった。

(聞き手・文:金井元貴)

インタビュー前編はこちらから

――現在の日本とアメリカの関係において、アメリカは日本をどのように見ているのでしょうか。

白井:アメリカからすれば、日本は限りなくどうでもいい国だというのが本心だと思います。適当にどやしつけておけばそれでいいのでね。ドナルド・トランプと安倍晋三の関係は哀れの極みとも思えるもので、先日アメリカは鉄鋼とアルミの輸入制限措置を決定しましたが、EUや韓国が適用除外される中、日本はその対象となって、これまで安倍政権を支えてきた財界が大騒ぎしている。

――「ゴルフ外交」と言われていましたが、何の意味もなかった。

白井:意味がないどころか、マイナスだったということでしょう。あの時、トランプ大統領は安倍晋三を名指しで批判しましたよね。なぜ名前をあげるのか。私が思ったのは、トランプは「あの件」を忘れていないということです。

――「あの件」というのは?

白井:トランプがヒラリー・クリントンと大統領選で競っていたとき、訪米した安倍晋三はトランプをスキップして、ヒラリーだけに会うということがありました。ところがトランプが大統領に当選したらすぐにアメリカに飛んで行って、面会した。トランプは「(会うことに)積極的ではなかった」と言われていますが、あの時、安倍とは“そういう男だ”と認識したのだと思います。

北朝鮮問題を見ても、完全に省かれています。日本の政府もメディアも、韓国の文在寅政権について「反米スタンスだからお話にならない」という論調で、アメリカから相手にされなくて哀れだという見方をばら撒いていました。しかし、今は完全に韓国がアメリカを引きこんで、外交成果をあげていますよね。哀れなのはどっちだ、と。

■「国家理性」を欠いた日本、その先にあるのは…

――ここからおうかがいしたいのは、「政治的な話題」の扱い方です。最近ではツイッターなどで「音楽に政治を持ち込むな」といった声が話題になりましたが、人々の間であまり政治の話は出てこなくなったように感じます。

白井:脱政治化は異様な水準に来ていると思います。政治的自由が法的・制度的に一応確保されている国で、国民がこれほど自発的に政治的自由を行使しないよう習慣づけられている国は、たぶん世界中探してもないでしょう。それこそ、万邦無比ですね。

これは、「戦後の国体」が刻んできた歴史の帰結なのだと思います。「国体」は、支配の事実を否認する支配ですから、その臣民は支配されていると思っていない。それは言い換えれば、不自由であることを自覚しないということです。さらにその人たちは、「私たちは不当な仕方で支配されている」と訴える、つまり政治的自由を行使する人が現れると、これを非難します。奴隷の境遇に満足している奴隷からすれば、自由人の存在は奴隷の境遇が本当は惨めなものであることを想い起させますから、不愉快なのです。現代日本人の政治的無関心のメンタリティは、こういう攻撃的な水準にまで達してきています。

――他方で、右傾化の危機が叫ばれ、右と左の対立は激化しているように感じられます。

白井:その通りです。国民の大部分が前述の政治的無関心に沈んでいる一方で、変な形で政治的に覚醒した人たちが現れた。それが安倍政権の強固な支持層になっているし、安倍晋三その人が、変な目覚め方をした人たちの総大将、代表なんですね。だから、いまの左右対立は戦後続いてきたそれと較べて変質しており、かなり危ない要素があります。

「国家理性」という概念を知っていますか? これは法人としての「国家」そのものに自己維持を図る理性が備わっている、あるいは備わっているかのごとく見なすという考え方です。

一時代前の世代の政治に関わる人たちは、そうした国家理性の自覚の中にいたのだと思います。どうやって国家を存続させるべきか、できるだけ良い形で存続させるにはどうすべきか。国家理性が機能できるよう貢献するための方法として、右から行く道と左から行く道があった。さまざまなしがらみや偶然のために、どちらかを選ぶことになる。こうして左と右の相対性を理解している人間のあいだでは、いくら対立してもコミュニケーションが成立します。

――となると、今は「理性」ではなく「本能」でやり合っているような状況ですね。右と左でまさに真逆のベクトルに突き進んでいる。

白井:そういうことですよね。こうなってしまうと、自分の敵対者がどういう筋道で物事を考えているのか、まったく理解できないし、理解する気もないということになる。その溝が深くなっていって、理解できない存在である他者に対してどう振る舞うようになるかというと、最後は「殺戮」という発想になる。

――それが近づいている雰囲気は感じられます。

白井:国家理性が崩壊するとそうなってしまいます。かつての右派と左派の対立は国家理性を前提にしたものだったから、自分の立場の相対性への自覚がありました。例えば、読売新聞の渡辺恒雄はもともと共産党員でした。渡辺恒雄の盟友だった日本テレビの氏家齊一郎も共産党で一緒だったことから一生の盟友になったのです。その氏家齊一郎がおぜん立てをして宮崎駿や高畑勲に映画を作らせる。彼らは作品の思想は、明らかに左翼的ですよね。

こういう具合に、戦後日本は、政権をどの勢力が取るかというレベルでは保守が勝ち続けますが、一方で文化的なヘゲモニーは左側が握り続けてきました。ここに戦後の面白いバランスがあるわけです。では、なぜそのバランスが成り立ち得たのかというと、それは右も左を理解しているし、左も右を理解していたということだったのだと思います。

――つまり、理性を持ってコミュニケーションができていたというわけですね。

白井:しっかりとしたコミュニケーションだったとまで言えるかどうかは微妙ですが、構造的にはそれなりに理性的なものだったのでしょう。今はそれが壊れてしまいました。

しかし今、安倍政権に対して色んなところから逆風が吹いていますが、その情報の発信源は政府内であったり、官僚であったりという国家の内部ですよね。これはある種、国家理性の働きといえるものなんです。このまま安倍晋三に任せておくとまずいことになる。国家を存続させないといけない。こうした動機から行為する人間が現れることで、国家理性は機能する。

――もう一つうかがいたいのが、地方のお話です。政治は中央で進んでいますが地域によっては戦後レジームの変革がまるで進んでいない場所もありますよね。

白井:地方の政治組織のレベルで見ると、所によってはいまだに55年体制が終わっていない場所もあるようです。九州や東北の一部はそうですね。旧民主党勢力はあまり存在していなくて、誰がいるのかというと、社会党の流れを汲む勢力なんです。これは驚くべきことなんですが、これから立憲民主党が力を伸ばしていくと、55年体制が岩盤のように残っているところでは、ある意味でそれが活きてくるかもしれません。

――地方というと、沖縄の状況はいかがですか?

白井:沖縄はまた違いますが、オール沖縄の登場とそれに対する東京の政府の凄まじいやり口によって、激しい流動状態にあると思われます。凄まじいというのは、一括交付金を削るって、ほとんど兵糧攻めですよね。「翁長雄志を知事に選ぶような県は容赦しない」という政府の本音が見えます。

――それも理性を欠いた行為に見えますね。

白井:はい。歴史教科書の集団自決の記述の問題などに典型的に現れていますが、今の東京の政府は、沖縄の気持ちを理解しようとする意欲すら持っていない。

ですから、「沖縄独立論」が今後どうなるかは大いに注目すべきです。日本人の大半は「独立できるわけがない」と考えていますが、そんなことはありません。沖縄よりはるかに少ない人口しか有さない国もありますし、ソ連が崩壊するときバルト三国が独立するとは誰も想像しなかった。おそらく、当事者も直前まで想像していなかったと思います。

だから、独立するときはするんです。沖縄が独立すると国民統合が一部崩れるわけですが、それは今の日本人を見ていると、起こり得ることだと思います。むしろ、国民統合の崩れがその程度で済むのなら御の字でしょうね。

――『国体論』をどのような方に読んでほしいとお考えですか?

白井:広く読まれてほしいです。前著『永続敗戦論』で一つ誇りとしていることは、10代の若者から上は戦中派まで幅広い方々から熱烈な反応があったことでした。自分の書いたことが、特定の世代の経験を特権視したり、それにおもねるような言説ではないことが証明されたと思えました。『国体論』も同じ姿勢で書いたつもりです。

(了)

■白井聡さんプロフィール

1977年、東京都生まれ。政治学者。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。専門は政治学・社会思想。京都精華大学人文学部専任講師。『永続敗戦論―戦後日本の核心』(太田出版)で、石橋湛山賞、角川財団学芸賞受賞、いける本大賞を受賞。

国体論 菊と星条旗

国体論 菊と星条旗

誰も書かなかった、日本の深層。

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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