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『増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊』クリストファー・R・ブラウニング著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

ホロコーストに関与した第101警察予備大隊に関する検証と論考。

この隊は、ポーランドにおいて3万8000人のユダヤ人を殺害し、4万5000人を強制収容所に移送した。つまりは8万を超えるユダヤ人の死をもたらしたわけである。

彼らは特段優秀なナチ殺人部隊であるわけでもなく、大半はハンブルク市の労働者階級か下層中産階級の出身の中年男性だった。軍務につくには高齢であったため、通常警察に召集された形である。総勢500名ほどの隊は、ドイツ占領地帯でも何の経験もないままポーランドに送り込まれる。そんな彼らは、到着して3週間で、1500人のユダヤ人を射殺せよとの命を受けたのを皮切りに、多数のユダヤ人殺害に手を染めていくことになる。

職業警官やナチ親衛隊員も少数いたものの、ほとんどは運送業や建設労働者、船員といった労働者階級だった。いわば、「普通の人びと」である。大部分は、ユダヤ人に対して強い反発を抱いていたわけでもなく、熱狂的なナチ信奉者でもなかった。最初の任務にあたっては、その残虐さに取り乱して涙ぐみ、自分はこんな仕事には向いていないと言う者もいたほどである。

にもかかわらず、500人は8万3000人を殺した。

著者は証言記録から丹念にこの隊の行動を再構成する。射殺時には首筋を狙うものであったこと、移送の列車に乗せきれなかった人々をその場で射殺する例もあったこと等、具体例には凄惨な描写も多く重苦しい。

非道な行為を行うには自らを納得させる言い訳も必要であったということか、「子供だけは撃てるようになった」というある隊員は、「母親が撃ち殺された後、母親なしには生きてゆけない子供たちを苦しみから解放する」という理由付けをしている。

後のフィリップ・ジンバルドーやスタンレー・ミルグラムの実験との比較、強制収容所経験者であるプリーモ・レーヴィの言葉を引いた考察も読みごたえがある。

つまるところ、彼ら101予備大隊は、平時であればとても思いも及ばぬような行為に徐々に徐々に深入りしていくわけである。
任務だから。命令だから。仲間もやっているから。
特別に厳しい上司を持たなくても。元々の自らのイデオロギーに反することであっても。
それは冷酷で残虐な殺人者集団が犯した犯罪よりもはるかに恐ろしいことなのではないか。なぜならそれは地続きだから。それは明日の自分の姿であるかもしれないから。
著者の言葉が重く響く。

ほとんどすべての社会集団において、仲間集団は人びとの行動に恐るべき圧力を行使し、道徳的規範を制定する。第101警察予備大隊の隊員たちが、これまで述べてきたような状況下で殺戮者になることができたのだとすれば、どのような人びとの集団ならそうならないと言えるのであろうか。

本作初版は1992年に刊行されている。
これに対して、1996年にダニエル・J・ゴールドハーゲンという研究者により、反論にあたる『ヒトラーの自発的死刑執行人たち』という書籍が刊行される。ゴールドハーゲンの論点の要旨は、「自発的」という言葉が示すように、反ユダヤ主義はドイツ全体に浸透しており、「普通」のドイツ人が殺戮に関与したのは根本的にはそのためであるというものである。

これを受けて1998年にゴールドハーゲンとの論争を整理した「あとがき」を付した形で本書の第2版が出る。
さらに初版から25年後、新たな研究成果や多数の写真を収録した形で出たのがこの「増補版」である。

戦時に人びとを残虐行為に駆り立てるものは何か、その要因はさほど単純なものではないのだろうが、どれほどのことが起こりうるのか、起こりえたのか、過去が問いかけるものは重い。

(レビュー:ぽんきち

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増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊

増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊

薬剤師や職人、木材商などの一般市民を中心に編成された第101警察予備大隊。ナチス台頭以前に教育を受け、とりたてて狂信的な反ユダヤ主義者というわけでもなかった彼らは、ポーランドにおいて3万8000人ものユダヤ人を殺害し、4万5000人以上の強制移送を実行した。私たちと同じごく平凡な人びとが、無抵抗なユダヤ人を並び立たせ、ひたすら銃殺しつづける―そんなことがなぜ可能だったのか。限られた資料や証言を縒り合わせ、凄惨きわまりないその実態を描き出すとともに、彼らを大量殺戮へと導いた恐るべきメカニズムに迫る戦慄の書。原著最新版より、増補分をあらたに訳出した決定版。

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