だれかに話したくなる本の話

『カステラ』パク・ミンギュ著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

300件目のレビューは小説にしようと、これを選んでみました。韓国の知らない作家さんの作品ですが、短編集であることと、ぱらぱらめくったら凄くポップで読み易そうだったのですよ。表紙のカステラも美味しそうだし。でも中身はなかなか一筋縄ではいかない。

この短編集は2005年に発表され、韓国内で高い評価を得たという。作者のパク・ミンギュは1968年生まれだから、僕よりひとまわりほど若い。

2005年の韓国では日韓国交回復40周年を記念する式典が大統領出席のもと開かれたり、竹島問題でもめたり、韓国が日本の安保理常任理事国入りに反対を表明したり、日韓関係はいろいろあったが、小説には日本の姿は見られない。北朝鮮の姿もない。

なぜか中国とアメリカの姿が見え隠れする。

「カステラ」では主人公の買った中古の冷蔵庫の騒音がひどい。メーカーに修理を依頼してもらちが明かない。でも冷蔵庫は1926年にアメリカのゼネラル・エレクトリック社が開発した夢の保存装置なのだ。

そこで主人公は「大切」なものや「有害」なものを、「とりあえず何もかも冷蔵庫に入れてみる」。

まず父親と母親を入れ、・・・67名の国会議員と大統領を入れ、・・・アメリカと中国も、冷蔵庫にいれてしまう。世界が冷蔵庫に入ってしまった!

ある朝目を覚ますと冷蔵庫は静かになっており、扉を開くと中はほぼ空っぽで、あの甘くて香りのよい「カステラ」がただ一切れ入っている。 カステラは日本の食べ物だと思っていたからちょっと驚いたなあ・・・

あと「どうしよう、マンボウじゃん」ではゴム動力の飛行機で太平洋を横断し、アメリカの長距離バス(グレイハウンド)に乗って月の裏側まで行ったり・・・

このように彼の小説の筋を書いて行っても仕方がないだろう。読んだときに感じるポップな浮遊感と、読んだ後のある種の解放感は実際に読んでいただくしかない。

昔日本で見た懐かしい事物にも再会できる。甘い無果汁飲料の「ミリンダ」をご存じですか。2000年頃に日本では見られなくなりましたが、韓国では販売が続いたらしい。

あるいは駅の押し屋(プッシュマン)をご存じですか。今でもあるらしいですが、日本では少なくなった気がします。高度成長期の山の手線の映像なとでよく見たけれど、山の手線は車両が長くなったから昔ほど混雑はしていないでしょう。韓国では今でも押し屋さんが活躍しているのだろうか。

「あーんしてみて、ペリカンさん」では、主人公が勤めている遊園地の池に、スワンボートに乗ったアルゼンチン人が大挙してやってくる。「スワンボート市民連合」のメンバーたちだという。仕事を求めてスワンボートに乗って南米から飛んできたというのだが・・・

当時のアルゼンチンは2001年のデフォールトによって国際金融からはじき出されていて、不況だったのだろう。一方の韓国は金融危機後にIMFの管理下に入り、やっと立ち直ったところだった。リーマンショックで世界中が打撃を受けるのはもっと後の話しだ・・・

およそ10年周期で繰り返されるバブル崩壊によって苦しめられるのはどこの国の人かによらず、経済的に弱い庶民たちだ。でもこの小説の主人公たちは何があってもしぶとく生きていけそうだ。それが読者の感じる解放感の源かな。

ところで、先ほどのアルゼンチン人たちは実は中国へ向かう途中で台風に会い、韓国に流されてきたのだった。じきに彼らは皆でそろってスワンボートを漕いで大空へ飛び立っていった。そして数年後には遊園地の社長も自前のスワンボートでアメリカへ渡っていった。「世界市民」はパスポートや航空券がなくても、スワンボートがあれば世界中どこへでも行けるのだ。

(レビュー:三太郎

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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カステラ

カステラ

現代韓国文学の人気作家・パク・ミンギュのロングセラー短編小説集。洒脱な筆致とユーモアあふれる文体で、主人公の若者たちを取り巻く「就職難」「格差社会」「貧困の様相」etcを描きながら、彼ら彼女たちに向ける眼差しを通して、人間存在への確かな信頼感に溢れるチャーミングな短編集。日本語版には「朝の門」(2010年、李箱文学賞〔日本の芥川賞と並び称される〕受賞作)を特別収録。

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