新刊JP
新刊JPトップ > 特集 > 「リクルート事件の真実 ― 葬り去られた稀代の経営者・江副浩正 ―」

「江副浩正」の姿に迫る

江副浩正氏とは一体どのような人物なのだろうか? ここでは、今回『リクルート事件 江副浩正の真実』の編集を担当した中央公論新社の横手拓治氏に、その人となりや印象などを聞いた。江副氏と付き合うと自身も若返ると話す横手氏。彼の言葉から浮かび上がる稀代の経営者「江副浩正」の実像とは…?

■#1:リクルート事件から本書を上梓するまで「21年」の年月がかかった理由
―まず、リクルート事件が起きてから21年経った今、なぜ『リクルート事件 江副浩正の真実』という本を出版することになったのでしょうか。
「この本を出すには、21年という年月がむしろ必要だったと私は思います。判決が出たのが2003年で、執行猶予が終わったのが2008年です。この間に当事者の告白記を出すのは難かったという点は第一にあげられます。
もう一つの理由として、リクルート事件自体が非常に複雑だったという点があります。裁判自体も4つのルートに分けて行われていますし、対象になった人も政治家から有力財界人、そしてマスコミ関係者まで、たいへん幅広い。これほど各方面に広範な影響を与え、複雑すぎる事件は海外を見回しても滅多にありません。その当事者の告白記ですから、『すぐに当事者の体験をまとめて上梓する』などはできなかったのです。
充分な時間を掛けた結果、本書は事件の複雑な様相について、ほぼ網羅しつくした内容になっています。当時の記録に基づきながら、著者は自らの身に起きたことを、かなり突っ込んで、率直に記しています。
江副さん自身は、この本を書くことが、事件に対するご自身の決着の付け方であったと思います。それゆえ、決定版にすべく、また歴史的な批評に耐えうるよう、慎重に書き進めていきました。こうした事情も、事件から21年という時間が掛かった理由です。」
―21年間という年月は、江副さん自身の気持ちに整理がつくまでの時間でもあったということでしょうか。
「江副さんは若くして起業され、ベンチャー企業のトップでやってきました。そして51歳のときに突然、リクルート事件という大波を被ることになってしまったのです。本書の表紙の写真は東京拘置所に連れて行かれるときのものですが、一般の方でも、検察の人に両側を支えられて拘置所に連れて行かれるという体験は、相当ショッキングなものだと思います。まして、ずっと企業のトップでやってきた人、いわば成功をしてきた人が、51歳という年齢で急にそういう目に遭ったのです。天国から地獄へ突き落とされたかのような、想像を絶する辛さだったと思います。
壮絶な体験でしたが、本書で江副さんは、感情を極力抑えて、自分自身を客観的に見て執筆されていらっしゃいます。とはいえ、何度も鬱状態におそわれたことや、自身の家族そしてリクルート社員への思いなども点描されており、そこに異様な人間ドラマが読めるのではないでしょうか。
時代は違いますが、やはり東大出身のベンチャー経営者で、時代の寵児ともいわれたライブドアの堀江貴文さんも、ご自身のブログで、本書のことに触れています。『自分自身は拘置所にいた期間も短いし、江副さんほど激しい取調べは受けなかったので大丈夫だったけど、もし江副さんみたいな取調べを受けていたら、どうなったか分からないい』と書いていますね。」
―横手編集長は、江副浩正さんをどのような方であると思いますか?
「ベンチャーのトップとしての必要な能力を、1つの人格の中に集約して持っている方だと思います。もう70歳を過ぎていますが、その発想力や行動力、スピード感、切れ味のよさは健在ですよ。それから、とらわれのない人です。先入観がない。だから判断が素直なのです。だいたいわれわれは、何かを決めたり考えたりするときに、それまでの『常識』にとらわれてしまいますね。江副さんにはそれがない。ただいま目の前にある現状況に向かって、非常に合理的に、きわめて目的本意に、シンプルに判断できる。これはできるようで、できないことです。日々、ほんとうに啓発されますよ。
わたしのいる出版業界というのは、江副さん的な発想と比べれば、まさに対極にあるというか、きわめてお役所的なところです。内向きの『常識』や秩序感覚がたえず優先されるわけで、いわば自身のつくりあげた『とらわれ』ばかりで成り立っている世界です。わたしのいる会社はとくにそうです。
江副さんはぜったいに、われわれの世界にはいないキャラクターです。正反対だと言ってよいでしょう。だから、江副さんの今回の本が中央公論新社で出ることは、かなり不思議なことです。」
―具体的に江副さんに惹かれた部分を教えて頂けますか?
「前のところと重なりますが、なによりすごいと思ったのは、スピードです。いきなりトップギアになるみたいな、すごさがあります。そして、走るときは、2点間を1番短いルートで結ぶことができるというところ。
たとえば江副さんは、『この場で決めましょう。この場でアイデアが出てこないなら、持ち帰ったって出ませんよ』と言います。それから、江副さんは現場の人たちを直接呼んで話すのです。なにかを協議するときは必ず現場の人間と直接やりとりする。それで決めてしまう、すぐ行動に移させるわけです。『上の人は呼ばなくていい』というところがあります。わたしとしては、そういうわけにもいかないのですが(笑)。とにかく『この場で決めよう』となります。本人からよく、電話での指示が入りますよ。
これは江副さんが率直だからできることであって、たいしたものだと思っています。相手の肩書きとか、どういう背景を背負った人かは全く関係なく、その人と向き合ってビジネスをしようとする姿勢は一貫しています。たえず裸で付き合ってくれる印象があって、さすがです。魅力的ですよ。ただ、実際に部下になったら、そうとうキツイでしょうね(笑)。
江副さん自身は今年73歳になられましたが、若々しい人ですし、今でも若い人とすぐコラボレートできる独特のセンスをお持ちです。そういう意味では、付き合っていると若返りますね、私も。」
―今、江副さんはどのような活動をなさっているのでしょうか?
「江副育英会という財団法人におり、また、株式会社ラ ヴォーチェという、オペラの公演などをされる組織の代表をされていて、これらを通じて、社会的な活動をされています。
それもすばらしい活動だとは思いますが、わたしはぜひ、江副さんに経済人として復活してほしいと思っています。江副さんが健在なら、yahooも楽天もソフトバンクもなかったでしょう。少なくともいまの形ではなかったと思います。
現在の日本の閉塞感や経済の失速に、江副さんが事件によって沈黙させられてしまったことが大きいように感じています。ベンチャーの気風が日本の若者のなかから生まれにくくなった罪はあるはずで、21年前、江副さん的なものを嫉妬のあげくデリートしてしまったことは、歴史的にも悪影響のほうが大きいはずです。ソニーだってホンダだってもともとベンチャーだったわけで、それらが戦後経済を発展させ、日本の豊かな社会をつくっていったわけです。ところが、日本はベンチャーの闊達とした動きが弱くなった。江副さんを沈黙させた動きじたいが、20年殺しのように日本経済をいま『殺して』いるのです。
そうした現状をみても、江副さんが復活することは、かなり重要だと思っていますよ。もちろん江副さんのお気持ちなどは一切、前提にしておらず、あくまでわたしの個人的な願望ですが。」
リクルート事件 江副浩正の真実