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【「本が好き!」レビュー】『オビー』キム・ヘジン著

提供: 本が好き!

キム・ヘジン著、カン・バンファ、ユン・ブンミ訳『オビー』(書肆侃侃房、2020年)は現代韓国の若者達の仕事や社会との関わりを描いた短編小説集。韓国と言えば元気で強い韓国ドラマのキャラクターをイメージするが、当たり前のことながら、それが全てではない。

表題作「オビー」は巨大物流倉庫の職場で出会ったオビーという人物との関りを描く。オビーは自分本位で他人と関わろうとしない。職場からのオビーの評価は低い。オビーは仕事ができるが、チーフは「仕事ができればそれでいいってのか」と言う(15頁)。仕事の出来不出来よりも協調性を重視する前近代的な村社会の発想がある。この仕事は不安定雇用になるが、生き辛さや働き辛さは21世紀的な不安定雇用よりも、集団主義が元凶になるだろう。

後半は予想外の展開である。インターネット時代を反映している。ここでは視点人物の感覚の古さを感じる。ライバーを物乞いのように位置付けるならば、テレビに出る芸能人も物乞いになる。消費財の製造業や卸売業もB2Cに力を入れるようになった。ライバーは芸能人のB2Cシフトと位置付けることができる。

組織の中では我を通す人物がライバーとしては道化を演じることも両立する。組織の中で強要されることは嫌であるが、自分で道化をプロデュースすることには主体性がある。それも視聴者が望んでいる行動をするという点で他人志向かもしれない。しかし、それは市場が望んでいることをするという市場価値を高める振る舞いである。組織の中で認められて出世するヒラメ公務員的な働き方ではない。21世紀的な働き方になる。

視点人物には反感を抱く要因があるとは言え、そこを認められない感覚は古い。視点人物は安定雇用を求めるあまり、役員の個人的な用事を引き受けている。それ自体が安定雇用とは逆の奴隷になる。

日本の社会派的な作品では経済合理性を追求したシステマティックな職場の非人間性を描く展開になりそうである。しかし、それよりも村社会的な集団主義に問題がある。現実に日本の社会派は昭和の「安定雇用」を理想化するあまり、昭和の工場労働者的な集団労働に窮屈さを感じ、自由度の高い働き方を求める労働者にはピント外れになることがある。それに比べると「オビー」は、視点人物自身は古いものの、本質を突いている。

続く「アウトフォーカス」は民営化された通信会社のリストラの話。リストラがイジメになっている。日本ではアメリカ流の資本主義を持ち込んだことが問題と語られる傾向があるが、リストラを過酷にするものは前近代的な村社会的体質である。アメリカ流の資本主義を批判しても問題の本質はつかめない。

親世代はリストラに見舞われるが、子ども世代は非正規雇用で苦しむという世代間不公正も描かれる。しかも、家族の負担も子ども世代にしわ寄せされる。親から見ると子どもはバイトなので簡単に休めると思っている。親が大変な状況であることは理解できるし、親と争うことが目的ではないが、理不尽さを感じる。

(レビュー:林田力

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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オビー

オビー

巨大な物流倉庫の職場で出会った、自分本位で他人と関わろうとしないオビーと、同調することばかりを考える自分との違いに心乱される「オビー」、チキン配達で出会った自殺願望のある男とのやりとりを滑稽に描いたデビュー作「チキン・ラン」、彼女にふられ、あてもなく訪れた公園で老人に誘われ始めたなわとびで、別れた彼女との気持ちを少しずつ整理する「なわとび」、スランプを抱えて筆が進まない語り手と、英語教室で出会った異国の人ワワとの心の触れ合いが行き着く先を描いた「ドア・オブ・ワワ」など、今を生きる不安定な若者たちの仕事や社会との関わりを描いた9編を収録。

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