話題の著者に聞いた、“ベストセラーの原点”ベストセラーズインタビュー

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『太陽・惑星』著者 上田岳弘さん

 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第64回の今回は、最新作「惑星」が第152回芥川龍之介賞の候補に挙げられた上田岳弘さんです。
 デビュー作の「太陽」、そして「惑星」と、既存の文学の枠組みを広げる野心作を発表している上田さんですが、そのアイデアの源はどこにあるのでしょうか。
 この二作品が収められた初の単行本『太陽・惑星』(新潮社/刊)について、そしてこれまでの読書歴や今後の展望についてと併せて、上田さんにお話をうかがいました。

■ 「絶対的平等」の先にあるもの

― 今回は『太陽・惑星』についてお話をうかがえればと思います。こちらは上田さんにとって初めての書籍となりますが、まずはご感想を教えていただきたいです。

上田:雑誌掲載だと、どうしてもある時期が過ぎると売り場から下げられてしまいますが、本だと残りますからね。感慨深いといいますか、うれしいです。

― この本には、上田さんのデビュー作である「太陽」と、第二作「惑星」が収録されています。「太陽」は、非常に高い視点から、場所と時間を大胆に行き来させながら物語が進むという独特な作品です。この作品のアイデアはどのようなところから生まれましたか?

著者近影

上田:「太陽」がなぜ光っているのかっていうのは、普通に生活していたらなかなか深く考えないと思います。僕もそうだったのですが、学校の理科の授業で聞いたり、科学雑誌を読んだりして、どうやら太陽は「核融合」をすることで光っているらしいというのを知った時に、すごく驚いたんです。

つまり、科学的にどうなっているのかを知らずにイメージだけで見ていた状態だったのが、実際にどうなっているかを知ったことで自分のなかに変化があって、それが自分としておもしろかった。それとこの小説には「赤ちゃん工場」について、「金」についてなど、複数の話が出てくるのですが、先ほどの「太陽」だとか「核融合」も含めていろんなものがぼんやりと、どこかでつながっているような気がしたんです。それらがどこでどうやってつながるのかを確かめたいという単純な興味がありました。

― はっきりとした構想があったわけではなく、ぼんやりとしたイメージから始まった。

上田:そうですね。ぼんやりとした自分の興味のあえて正反対の方向に矢を放ってみるとどうなるんだろうか。どこかでつながるのか、それとも破綻するのかっていうのを試したかったというのはあります。

― 通常、「破綻」はできるだけ避けるように書き進めるものだと思います。破綻するのは怖くなかったですか?

上田:物事って案外なかなか破綻しないんですよ。書き進めていくうちにどこかしらでつながってくるんです。これは生きていても思いますし、小説を書いていても感じます。

― 「太陽」は、視点の高さが際立っています。三人称小説のいわゆる「神の視点」とも違いますね。

上田:これも、単純な疑問から始まっています。「二人称」は別として、小説には「一人称」と「三人称」があるわけですが、「三人称・神視点」と「三人称・主観視点」、それと「一人称・主観視点」はあるのに「一人称・神視点」はあまり見かけません。それが何だか不思議で、やってみたらどうなるのかなと思ったんです。
もちろん、破綻してしまうかもしれませんが、もしかしたらおもしろくなるかもしれないと思いました。意外といけるんじゃないかと。

― この作品では「真の平等とは何か」というのがキーワードとして見えましたが、上田さんが本当に書きたかったことは、作中で現存の人類を指す「第一形態」と、現状どうしようもない、生まれた環境や能力の優劣による不条理を克服した「第二形態」の先にある「第三形態」にあるように思いました。この「第三形態」のイメージはどのようなものなのでしょうか。

上田:「公平さ(フェアネス)」というのは、今の社会ではなんとなくいいことのように思われていて、そちらに向かっていくのもいいことだとされています。でも、本当にそうなのか?という気持ちは「太陽」を書いていた時に持っていました。
もちろん「公平さ」は大事なことなのですが、それを足がかりにして突き詰めていけば、単に「公平さ=いいこと」というのとは別のものが見えるんじゃないかと。

― それが「第三形態」ということですね。その前の「第二形態」で人類の完全な平等が実現されたわけですが、これは決していいことばかりではなく……。

上田:いや、基本的にはいいことなんですよ。ただ、絶対的な平等を目指していって、仮に実現できたとして、その先にあるものが何かということです。これは本を読んでいただかないとわからないことですが、平等が実現された結果、人類全員が金に変わって死んでしまってもいいのか、それとも不平等であっても生きていたほうがいいのか、という。
問題提起というと大げさですが、今よしとされていることに向かうだけで本当にいいのかなという疑問は持っていましたね。

― そして、完全な平等が実現する前の「第一形態」では過剰に偶然や運が強調されていて印象的でした。

上田:僕自身、偶然というものを大事にしていて、偶然知り合ったとか、たまたま誘われたということで結構人生が引っ張られてきています。
今働いている会社も、25、6歳くらいの時にいったん小説を書くのをやめて、就職して社会経験を積もうと思っていた時期に、たまたま電話をかけた友達から「会社をつくったから一緒にやらないか」と誘われて入ったんです。

― それはすごい偶然ですね。それまでは就職せずに、小説を書いて新人賞に応募するということをされていたわけですか。

上田: 大学を出て1、2年はそんな感じでしたね。「太陽」や「惑星」のような世界観のものを当時から書きたかったのですが、なかなか書けませんでした。書いていても知らないことが多すぎるといいますか、実感が伴わないものが多かった。ちょっとこれは限界だな、ということになって一度書くのをやめたんです。
それで、誘われた会社に入ったのですが、就職して社会人になったという変化以上に、人間として思うことや感じることの幅が広がったと思います。

■ 「惑星ソラリス自体の内面描写」をやった小説

― つづいて第152回芥川賞の候補に挙げられた「惑星」についてですが、こちらは「太陽」がスタート地点にあって、そこからいかに世界を広げていくかということを考えて書かれたことが読み取れます。

上田:「太陽」が新潮新人賞を受賞したのが2013年9月4日だったんですけど、その直後の9月7日に2020年の夏季オリンピックの東京開催が決まるという出来事がありました。これはちょうどいいというのと、「太陽」で「金」について触れたので、「金といえば金メダル」ということで、次の作品ではオリンピックのことを書こう、となったんです。

― 「惑星」も「太陽」と同様、ぼんやりとしたさまざまなイメージがつながってできあがったのでしょうか。

上田:そうですね。『惑星ソラリス』っていう映画がありますが、これは何かものを考えているかもしれない惑星の話で、探査に行った人たちが、この惑星が見せるビジョンによって混乱していってしまいます。その中に、惑星を覆う海が実は大きな脳なんじゃないかという話が出てくるのですが、それを見た時に、地球の将来はもしかしたらこんな感じなんじゃないかとピンとくるものがありました。それと同時に、「惑星ソラリス自体の内面描写」をやった小説というのは存在しないのではないか、物語のなかでそれができればおもしろいと思ったんです。
先ほどのオリンピックの話と併せて、こういったイメージの断片が組み合わさって小説になっていきました。

― ものを考える惑星の内面描写を、「ソラリス」から「地球」に置き換えてやってみた。

上田:そうです。惑星そのものが一つの生命体であり脳構造であるとしたら、日々どんなことを考えているのか。もしかしたら、ずっと何かをシミュレーションしてヒマを潰しているのかもしれないなと。自分の中でピンときたアイデアを揉みほぐしていくと、そういう方向につながっていきました。

― 「太陽」も「惑星」も、純文学でありながら斬新な手法によって書かれています。こういった手法を考える時にどのようなアプローチをとっていますか?

上田:「これはまず無理だろうな」とか、「こんなことをやっちゃいけないかな」ということを見つけ出して、それに挑戦する感じです。「どうやったらそのアイデアを実現させられるか」、というよりは、「どうやったら破綻するか」を考えて、それをギリギリ読めるレベルにまで持っていくためにはどうするか、という風に展開させていきます。

― SFとの近さがよく指摘されていますが、こういったジャンルからの影響ということについてはいかがでしょうか。

上田:SF作品を専門に読んでいたということはないのですが、現代の小説で何か新しいことをしようと思った時に、どうしても過去より未来の方に気持ちが向かうというのはありました。
そういう意味では、単純にSFというジャンルありきではなく、未来のことについて書こうとしたら自然にSFが絡んできたという方が近いと思います。

― ところで、「惑星」にはスタンリー・ワーカーという、冷徹な経営者が登場します。会社では役員をされているという上田さんですが、職場では彼のような感じですか?

上田:いや、僕は全然……(笑)。ぬるいですし、役員といっても怒られることだってあります。
ベンチャーで、人もお金も時間も限られたなかでやっていますから、スタンリー・ワーカーの会社みたいにリソースがたっぷりあって、やりたいことをどんどんやれたらいいよなあと思いますね。

■ 「小説でやりにくいこと、できないとされていることをやっていきたい」

― 小説家になりたいと思ったきっかけについて教えていただければと思います。

上田:4歳とか5歳くらいで、まだ文字もわからないような時期から「本を書く人」になりたいと漠然と思っていました。両親に加えて上に兄弟が三人という、家族の中に年上が五人いる環境で育ったのですが、彼らが本を読んでいるところを見て、それを書く人なりたいと思ったのがきっかけかもしれません。小さい頃の話なので定かではないのですが。

― 実際に小説を書きはじめたのはいつ頃ですか?

上田:2001年頃で、大学卒業間近の時期です。それまでも、なんとなく「書こうかな」と思ってはいたんですけど、なかなか書けなかった。「書かないといけないはず!」みたいな変な義務感はあったんですけどね。
僕がギリギリにならないとやらないタイプだというのもあるのですが、「書くならそろそろやらないとおかしいんじゃないか!?」と自分で疑問に思い始めた時に書き始めました。

― 「太陽」で第45回新潮新人賞を受賞してデビューされた上田さんですが、その2年前にも同賞の最終候補になっていますよね。そこから受賞するまでに、ご自身の中で変わったことはありましたか?

上田:あれは2011年だったと思いますが、仕事が忙しくて疲れ果てていて、賞に応募したことも覚えていないくらいでした。それからしばらくして、美容室で髪を切ってもらいながら、世の中には純文学雑誌というものがあって、自分も小説を書いていて、という話をしている時に電話がかかってきて、最終候補に残ったことを教えていただきました。
その時は結局落選してしまったのですが、今回の『太陽・惑星』の帯を書いていただいた中村文則さん(新潮新人賞選考委員)が、選評で励ましてくれたというか、たくさん僕の作品について語ってくださったんです。これはもう次はがんばらないと、という気持ちになりましたね。
作風自体は今と変わっていなくて、現在の中に未来の話が混じってくるような作品でした。

― 「太陽」そして「惑星」と、ある意味「壮大な極論」とも呼べる作品を二作発表されましたが、今後はどのような方向に執筆を進めていこうと考えていますか。

上田:宇宙関係は一旦やめておこうかなと思っています。「太陽」も「惑星」もあらゆることが全て見えてしまっている視点で書いたのですが、次は制約を設けるつもりです。当面は、小説でやりにくいこと、できないとされていることをやっていきたいと思っています。

― 上田さんが人生で影響を受けた本がありましたら、3冊ほどご紹介いただければと思います。

上田:ベタな読書歴なのであまり変わったことは言えないのですが、一冊目は村上春樹さんの『風の歌を聴け』です。兄が村上さんの本をだいたい全部持っていて、中学生くらいの時に借りて読んだ記憶があります。さっきもお話ししたように、漠然と「本を書く人になりたい」と思いつつ「絵が描けないから漫画家はダメだな」とか「ライトノベルはちょっと違うな」みたいにどの方向に行こうか考えていた時期に読んで、「こっちの方向かもしれない」と思いました。
もう一冊はガルシア=マルケスの『百年の孤独』で、これは「太陽」を書く時に影響を受けました。
最後はカート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』です。こんなに傲慢に、ざっくりと世界を描いていいんだ、ここまで破壊的でもいいんだという新鮮さですね。影響というより勉強になったと思える作品です。

― 最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いできればと思います。

上田:しばらくは「それって小説なの?」というギリギリのところを突いてがんばろうと思います。読みにくいところがあっても、最後まで読んでいただけるとうれしいです。

■ 取材後記

 浮かんだアイデアを「どうやったら実現させられるか」ではなく「どうやったら破綻するか」を考えるというのは、これまで取材した作家の方々のなかでも異色の回答でした。
 「太陽」「惑星」で提示した世界をどちらの方向に、どのように発展・飛躍させるのか。これから、長きにわたって読者を驚かせてくれそうな上田さんでした。
(インタビュー・記事/山田洋介)

上田岳弘さんが選ぶ3冊
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  • 『タイタンの妖女』
  • 著者: カート・ヴォネガット・ジュニア (著), 和田 誠 (イラスト), 浅倉久志 (翻訳)
  • 出版社: 早川書房
  • 価格:760円+税
  • ISBN-10:4150117004
  • ISBN-13:978-4150117009
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プロフィール

■ 上田岳弘さん

1979年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部卒業。2013年、「太陽」で第45回新潮新人賞受賞。2014年、同作が第27回三島由紀夫賞候補作になる。『太陽・惑星』が初の著書となる。

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あらすじ

アフリカの赤ちゃん工場、新宿のデリヘル、パリの蚤の市、インドの湖畔。地球上の様々な出来事が交錯し、飽くなき欲望の果て不老不死を実現した人類が、考えうるすべての経験をし尽くしたとき、太陽による錬金術が完成した。三島賞選考会を沸かせた新潮新人賞受賞作「太陽」と、対をなす衝撃作「惑星」からなるデビュー小説集!(出版社サイトより) 

■インタビューアーカイブ■



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