『小森谷くんが決めたこと』
著者:中村 航
出版社:小学館
定価:1,400円+税
ISBN-10:4093863849
ISBN-13:978-4093863841
『デビクロくんの恋と魔法』
著者:中村 航
出版社:小学館
定価:1,300円+税
ISBN-10:4093863628
ISBN-13:978-4093863629
第60回となる今回は、今年7月に新刊『小森谷くんが決めたこと』(小学館/刊)を刊行、そして昨年発売された『デビクロくんの恋と魔法』が映画化と、ますます勢いに乗っている中村航さんです。
『小森谷くんが決めたこと』は、実在する一般人「小森谷くん」に徹底取材、彼の半生をそのまま小説にするという、風変わりな小説です。
この奇妙な小説は一体どのように生まれ、書き上げられていったのか。映画版が11月公開予定の『デビクロくんの恋と魔法』の話も含めて、中村さんにお話を伺いました。
■ 実在する一般人をモデルに書かれた小説
― 新刊『小森谷くんが決めたこと』についてお話をうかがえればと思います。これは実在する人物「小森谷くん」に、中村さんがインタビューを重ね、半生をまるごと小説にするという一風変わった作品です。担当編集者の方との間で企画が持ち上がった時の印象はどのようなものでしたか?
中村: おもしろそうだな、という気持ちもありましたし、ちゃんと小説になるのかな?という不安もありました。自分にできるんだろうか、という半信半疑の状態でしたね。
― それは、一般人の人生にドラマになるものがあるのかということですか?
中村: そういう部分もあるかもしれませんが、波瀾万丈であれば書きたくなる、ということでもない。自分の小説として書けるのかどうかわからなかった。正直、はじめて話を聞いた時点では、ちょっと厳しいかなと思っていました。
― それでもやってみようと思えたポイントはどんなことだったのでしょうか。
中村:
「男子の小説を書きましょう」という依頼が来て、それで「小森谷くん」に会わせてもらってお話を聞いたんですけど、それでもやはり厳しいなという印象だったんです。
簡単にいうと、「小森谷くん」には医者から「余命2ヶ月」の宣告を受けて、そこから生還した過去があるんです。彼の小説を書くとしたら、その件が中心になると思っていたのですが、そこだけ書いてもいまいち納得できなかった。主人公、つまり小森谷くんの意識をどう描けばいいか掴めなかったんです。
― なるほど。
中村:
他にも大学時代や大学を卒業してからの話も聞いていたのですが、それぞれのエピソードが、最後に向かってどうもうまく繋がっていかないんです。個別のエピソードを繋げるものって、結局主人公の人間性だったり、ものの感じ方であったり、存在そのものですから。
それに気がついて、「じゃあもう全部書いてしまおう」と思った時、はじめてやれそうな気がしました。そこからは「小中学生時代の話を聞かせてください」「幼稚園時代の話もお願いします」とどんどん年齢をさかのぼってインタビューをしていきましたね。
そうなると、どんどん資料が溜まっていくわけですが、それを眺めながらプロットを作っていきました。
「小森谷くん」のこれまでの人生を全部書くといっても、いわゆる「伝記」のようにするのではなくて、小説にしたかった。そこで、以前に書いた「男子五編」という作品があるのですが、それと同じように「成長していく男子」といった捉え方で書いていくことにしました。
そうやって書きはじめたものが、雑誌での連載開始から2年くらいかかってようやく完成したという流れです。
― 「小森谷くん」に初めて会った時の印象はどのようなものでしたか?
中村:
それが本当に普通の人で…(笑)。物腰のやわらかさが印象に残っていますね。本にも書きましたが映画の配給会社で働いていて、かっこよくも悪くもないという、普通の人です。
でも、幼稚園の頃から今までのあらゆる話を聞いて、それを小説として書いてから彼に再会したら、もう見え方がまったく変わっていて。立ち振る舞いがとても優しく感じられました。その日は仕事の日だったからスーツを着ていたんですけど、十年ぶりの友達に会うような気がしてグッとくるものがありました。
― 彼は、この作品についてどのような感想を持ったのでしょうか。
中村: それが、まだ感想を聞いてないんですよ。でも、不思議と信頼感はあって、おもしろがってくれているんじゃないかとは思っています。
― 連載が始まってから苦労した点はどんなところですか?
中村: 単に半生を全部書こうとすると箇条書きのような小説になってしまうので、本人に聞いたエピソードを小説の中のワンシーンにしながら、なおかつシーンとシーンをうまくつなげようと試みました。それらを配置するのが難しくもあり、おもしろかった点でもあります。
― 自分の人生ではないですからね。
中村: そうですね。ただ、小説を書くってそもそも人生を書くことですからね、そう考えると、普段書いている小説とさして違ったことをしたわけではないのかもしれません。
― この小説は「小森谷くん」だから成立したのでしょうか?それとも、すべての人の人生は小説になりうるのでしょうか?
中村:
「普通の人」「普通の人生」など、「普通」という言葉で丸められているものも、丹念に追いかけてみると、普通じゃない、おもしろいものが見えてくると僕は思っています。だから、「小森谷くん」じゃない別の人をモデルに小説を書けるかといったら、多分書けるのではないでしょうか。
ただ、もちろん僕に全てできるわけではないと思います。人と人の相性もありますし、どうやって小説にするかも人によって変わってくるはずですから。
■ 願わくば世界が少し優しく見えるような小説を書きたい
― 中村さんといえば、2013年に刊行した『デビクロくんの恋と魔法』の映画化も話題となっています。今年11月公開ということですが、もうできあがった映像はご覧になりましたか?
中村: まだ見てないんですよ。もう少ししたら見られるのではないかと思います。
― キャスティングが原作のイメージにぴったりですね。
中村: そうですね。デビクロくん(主人公の分身)が生まれたのが12月24日なんですけど、その役の相葉雅紀さんも12月24日生まれなんですよね。偶然なのですが、おもしろかったです。
― デビクロくんもそうですが、中村さんの小説には、優しくて、少し気弱な男性が主人公になっていることが多い気がします。
中村: 男性を主人公にする時、丁寧でやさしそうな子を書くことは、確かに多いです。反対に、ロックンロール! みたいな人を書くこともある。『デビクロくんの恋と魔法』の主人公は、「デビクロくん」として活動する時は「闇の化身」、「書店員」として働いている時は子供に優しく、丁寧に生活することを心がけているような人、という極端な二面性があります。僕の小説を読んでくれている方にとっては、どちらも馴染みやすいキャラクターなのではないでしょうか。
― 中村さんの小説は、読んだあとに心がすこしほぐれて温まったように感じられるのが特徴的です。ご自身にとっての小説の理想像がありましたら教えていただければと思います。
中村: 読み終わった後に世界がクリアに見えるような作品ですかね。願わくば世界が少し優しく見えるような小説を書きたいと思っています。
■ 仕事をやめて退路を断ち、小説家を目指す
― 小説を書き始めたきっかけがありましたら教えていただけますか?
中村:
やることがなくなったから、というのが正直なところです。ずっとやっていたバンドが解散することになって、そうすると本当にやることがなかったんですよ。
当時、友達がみんなアメリカに行くだの実家に帰るだの、アルバイトから正社員になるだのと、ちょうど変化の大きい時期でした。それとバンドの解散が重なって友達が散り散りになってしまうような時で、「俺これからどうしようかな?」という話を友達にしたら「小説を書いてみたら?」と言われたんです。半分冗談だったと思いますけどね。
でも、その時に小説の新人賞というものがあるらしいという話を聞いたんですよ。当時27歳くらいだったのですが、新人賞を取れば小説家になれるんだと知って、じゃあやってみようかなと思ったのがきっかけです。
― デビューしたのは河出書房新社の文藝賞ですから、かなり枚数を書かないといけません。初めて小説を書く人にとってはかなり大変だったのではないですか?
中村:
本腰を入れて書くとなった時に、それまで勤めていた会社を辞めてしまったんですよ。そうやって、書かなきゃいけない状況に自分を追い込みました。
最近、デビュー作も含めて昔の作品を読み返す機会があって、古いものから順に読んでいったんですけど、恥ずかしいというか何というか、すごく下手ですし、よく賞が取れたなと(笑)。
― やはり今振り返ると下手に思えるものなのですね。
中村: まあ、そうなのかもしれないですね。ただ、なんと言いますか、変な感じというか奇妙な雰囲気は出ているし、勢いというか、迸るものがある。今ではもう決して書くことができないのは確かです。小説の評価って難しいと思うのですが、『リレキショ』を選んでくれた人はすごいと思う。勇気もある(笑)。
― 中村さんが人生に影響を受けた本がありましたら、3冊ほどご紹介いただければと思います。
中村:
まずは『あしたのジョー』です。小学5年生くらいの時に読んだのですが、ストーリーもので初めて熱中した漫画だったと思います。
二つ目は下村湖人さんの『次郎物語』。これは第一部から第五部まであって、幼稚園の時の話から、小中学校、高校とだんだん次郎が成長していって、第五部で未完で終わっているのですが、これは『小森谷くんが決めたこと』の作り方にも繋がっています。やはり小学生時代に何度も読んだ本で、当時は自分の年齢と近い第一部と第二部がおもしろかったのですが、今読むとまた違った感想があると思いますね。
最後は『哀愁の町に霧が降るのだ』です。これは椎名誠さんの自伝的小説で、現代のエッセイと青春時代の回想がいったりきたりするという、ちょっと変わった構成になっています。
僕が高校2年生くらいのときにブルーハーツが出てきたんですけど、初めて聴いた時に「こんなんでいいんだ!」って思ったんです。簡単なコードを掻き鳴らしてシンプルなメロディを歌う。この本を読んだのは、ちょうど小説を書こうと思った時期だったのですが、パンクロックを初めて聴いた時の衝撃と似ていました。
自分がおもしろかったことをそのまま書いているだけなのに、ものすごくおもしろい。「これなら俺にもできるかもしれない」と思えたんです。
― 最後になりますが、中村さんのご本の読者の方々にメッセージをお願いできればと思います。
中村:
昔から僕の本を読んでくださっている方には感謝の言葉もありません。最近初めて読んでくださった方も、ありがとうございます。すごくうれしく思っています。
いつも小説を書く時は、普段あまり本を読まない人にも読んでほしいと思っているのですが、小説って読んでみると意外とおもしろいんですよ。今回の『小森谷くんが決めたこと』も『デビクロくんの恋と魔法』も、みなさんが「小説のおもしろさってこのくらいでしょ?」と思っている、それよりももうちょっとおもしろいと思います(笑)。よかったら、ぜひ読んでみてください!
■ 取材後記
質問に対して一つ一つ考えて、丁寧に言葉を選びながら答えてくださった中村さんでした。物語に心を動かされ、読んだ後は自分の周りにいる人たちに優しくなれるのが中村さんの小説の魅力。『小森谷くんが決めたこと』も『デビクロくんの恋と魔法』も、そんな魅力がたっぷりで、夏の読書におすすめです!
(インタビュー・記事/山田洋介)
中村航さんが選ぶ3冊
■ 中村航さん
1969年岐阜県生まれ。2002年、『リレキショ』で文藝賞を受賞しデビュー。『ぐるぐるまわるすべり台』で野間文芸新人賞を受賞。『100回泣くこと』は累計85万部突破のベストセラーに。ほかに『星に願いを、月に祈りを』『トリガール!』『僕らはまだ、恋をしていない!』など、著作多数。
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あらすじ
初恋相手が先生だった幼稚園時代。愉快だった小学生時代。暗黒面に落ちた中学生時代。悪友とのおバカな高校時代。美容師の女性と初めてきちんとした交際をした大学時代を経て、紆余曲折の後、憧れの映画配給会社に就職が決まる。しかし、そこで、彼に思わぬ出来事が出来してしまう――。作者が出会った、小森谷真というごく普通の男性の三十年近くに及ぶ半生の物語。 -
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あらすじ
やさしいけど、ちょっとへたれな書店員・光にはもうひとつの顔があった。夜になると、「デビクロ通信」という謎のビラを、全力でボム(配布)するのだ。そんな光に、ある日、運命的な出来事が訪れる―。圧倒的な多幸感に包まれる、この冬読みたい、新感覚ラブストーリー。
■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
第75回 川村元気さん
第74回 斎藤惇夫さん
第73回 姜尚中さん
第72回 葉室麟さん
第71回 上野誠さん
第70回 馳星周さん
第69回 小野正嗣さん
第68回 堤未果さん
第67回 田中慎弥さん
第66回 山田真哉さん
第65回 唯川恵さん
第64回 上田岳弘さん
第63回 平野啓一郎さん
第62回 坂口恭平さん
第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
第55回 藤岡陽子さん
第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
第50回 三田紀房さん
第49回 窪美澄さん
第48回 宮内悠介さん
第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
第24回 佐々木 常夫さん
第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
第19回 星野 智幸さん
第18回 中島京子さん
第17回 さいとう・たかをさん
第16回 武田双雲さん
第15回 斉藤英治さん
第14回 林望さん
第13回 三浦しをんさん
第12回 山本敏行さん
第11回 神永正博さん
第10回 岩崎夏海さん
第9回 明橋大二さん
第8回 白川博司さん
第7回 長谷川和廣さん
第6回 原紗央莉さん
第5回 本田直之さん
第4回 はまち。さん
第3回 川上徹也さん
第2回 石田衣良さん
第1回 池田千恵さん